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かめれおんの日記

どこにいくにも、なにをするにも、まわりが気になってしかたありません。電車で本を読んでいても、ほら、面白そうな人が乗り込んできた。おやおや、あそこではなにを話しているのだろう。なんてことない日常をありのままに見つめる。

夢見るコトバ

分け方はいくつかあるにしろ、言語は大きく3つの特徴を持っている。

1.生産性(せいさんせい) いままで聞いたことも、言ったこともない文を人は作ることができる。たとえば、「あの青い鳥は宇宙から飛んできた」。つまり文法的にあっていればなんだって大丈夫。

2.恣意性(しいせい)たとえば、「つくえ」という単語を聞けば、4本の脚があって椅子とペアになって使う家具を思い浮かべるが、これは日本人もしくは日本語話者だけだ。つまり、イタリア人に「つくえ」といっても日本語が分からない限り理解してもらえない。だけど、なにも「つくえ」が「つくえ」である必要はない。明日から「みかん」と呼びましょうといって認識してもらえれば、いままで「つくえ」といって指していた家具は「みかん」と呼ばれることになる。「つくえ」という音の連続自体は意味がないのである。

3.超越性(ちょうえつせい)私は首都圏に住んでいる。海外旅行が好きな方でよく外国へ行って買ってきては友人に旅の思い出を聞かせる。「イギリスのごはんって思ったよりおいしかったよ」。あるいは行ったこともない宇宙の話もできる。「木星のまわりにはごみが浮いてるんだってね」。言語は時空間を超えて、さまざまなことを言ったり書いたりできる。

なにげなく毎日使っているコトバだが、よくよく考えてみると面白い。